みっちゃんの記憶 [思い出]
先日、
このブログに先輩や後輩の話を書き込んだが
その次に、
友人・知人の話をしてみたくなってきた。
自分の人生を時系列に
思い出してみよう。
まず、自分の記憶の中で
一番遠い昔の記憶の隅にある
「みっちゃん」の話から。
嘗て住んでいた、
私の生まれた村の近所に住む彼は
私より一つ年上で、
彼との交友の記憶は
5~6歳の頃だろうか。
当時、自宅に絵本があり
その中に、田舎の子供たちが
夕日の中で麦畑を歩いている挿絵があった。
その中に描かれていた、
目がくりくりしている少年が
みっちゃんにそっくりだった。
夏になると、彼のお父さんは、
自転車の後ろの荷台に
水色の四角い箱を積み、
中にアイスキャンディーを入れて
売っていた。
自転車に幟(のぼり)を立てて、
チリン、チリンとベルを鳴らして
キャンディーを売るのだ。
彼には
兄と弟がいた記憶がある。
やがて、私が6歳の春、
我が家は隣の町に引っ越してしまい
以後、彼と会う事はなくなった。
今頃彼は
どうしているのだろうか。
断水だ! [雑感]
薩摩人と宇宙人の話 [雑感]
先週の竜巻騒ぎから1週間が経過して、
関東地方の天候は、
幾らか落ち着いてきている気がする。
その騒ぎのせいか、
毎年5月の連休に行う
「朝顔の種まき」を、
すっかり忘れていたので、
先ほど1週間遅れでその行事を終えた。
話は変わるが、先日、
「4人の諸先輩」の話を
このブログに書いたら
「1人目の先輩は誰ですか?」と
聞いて来た後輩がいたので、
本日は後輩の事を書いてみましょう。
その「誰ですか?」と聞いてきた後輩くんは、
鹿児島の出身。
彼に、示現流の掛け声は「チェストだね?」
と聞くと、「違うんですよ~」と言う。
アクセントの違いなのか、
私には良く分らない。
私は、確か33歳の時に所帯を持ったが、
彼はそれから10年間も独身貴族を
謳歌してから所帯を待った。
しかも、
「所帯を持つなら、
同じ鹿児島の女じゃなければいけん!」
と彼は地元に帰り、
100回以上も見合いをした。
私は、
「所帯を持つなら日本人なら良いだろう」
くらいの気持ちだったが、
彼はもっと気高い。
日本が戦争に負けたどさくさの時代、
九州が日本から独立する気配を見せたのも
あながち分らないでもない。
幕末の時代、
薩摩は英国と戦争をしたが、
英国人に言わせると
「薩摩人は、他の日本人とは違う」と
感じていたようだ。
もう一人の後輩くんは、
その薩摩人と仲が良い。
見ていると兄弟のように見える。
風貌が桂文珍に似ているので
以前は「文珍くん」と呼んでいた。
しかしその後、
政治家の西村真悟の登場で
今は「真悟似」に変わってしまった。
以前、
同じ職場の独身女性に彼の印象を
聞いた事がある。
その時の彼女の表現を借りれば、
「宇宙人のような、
この世の人ではない様な気がする!」
そうだ。
「ではあの世の人?」と
私は思わず駄目押しをしてしまった。
彼は、
薩摩人よりも更に長い間独身貴族を
現在も謳歌している。
前回の「4人の諸先輩」の3人目の
筑波山の麓で育った先輩が更にその
延長線上にいる。
この3人と私は
嘗ての同じ職場にいた仲間だ。
連休余話! [季節]
今朝の新聞の一面に写真入りで
掲載されていたが、
山登りでお年寄りが7~8名が亡くなった様だ。
市民から親しまれていた医師もいるとか。
実は私も、
5月3日には3人で山登りをする予定だった。
山登りと言っても、
ハイキングに毛が生えた程度の山だから
大した事はないと思うのだが、
天気予報を信じて中止をした。
昨日の子供に日は、
天気が良いので、
車で茨城県西部の294号を通り、
往復4時間で、まさかと思ったが
やはり連休の影響だろう。
午後7時頃帰宅したが、
ポストを開けると中に
回覧が入っていた。
昨日も自分の班と担当の班に
配布したばかりなのに
次の日にもう新しい回覧だ。
内容は、
私の母校の小学校の
女性の校長先生からの依頼で
子供たちの登下校の際の付き添いの
ボランティアの募集だった。
実は今年、
住まい地区の班長と理事をしているのです。
そして本日、
連休最終日の午後3時頃、
今までの空を独占していた青空がなくなり、
黒い雲が空を覆い始めた。

しばらくすると
冷たい風が吹き始め、
強い雨と雷の音が聞こえ始めた。
午後からの天気予報は当たりだ!
茨城では、
竜巻と家の崩壊があったようだ。
そういえば、
昨年も土浦で竜巻があり、
家屋の崩壊があった記憶があるが
気の毒な事だ。
午前中に、
本日予定の仕事は終了させているから
後は明るい内に風呂でも入り、
軽くやるか!
来週は、
目一杯仕事があるから、
ゆっくり飲んでいる暇はないからね。
4人の諸先輩! [雑感]
私には、
日頃お世話になっている4人の先輩がいる。
一人目の先輩は、
年齢が私より3つ上。
彼はスケールが大きく、
経団連の会長などには
直ぐに会いに行ってしまう行動派。
若い頃には、
バーベルを持ち上げて体を鍛え
肩幅や胸周りは堂々としている。
また、
乗馬を趣味にしていた事もあり、
彼の机の上には、
馬に乗り障害の柵を超える瞬間の
写真が飾ってある。
仕事ぶりも熱心な人である。
しかし、
私の知る限り
彼は周りから煙たがられている様だ。
・・・・・・・・・・・・
2人目の先輩。
彼も同じく3つ齢上。
数年前、
真夏に彼と飲み
に行った事がある。
その日、
私は夏休みであったため半ズボン姿。
彼は仕事帰りなので背広姿。
その結果、
フロントのおばさんから親子と間違われ
彼は腐ってしまった。
ユニークな性格で、
私の迷人戦の将棋の相手である。
また、
彼は私の亡くなった父親に似ている。
・・・・・・・・・・・
3人目の先輩。
彼も同じく3つ齢上。
彼は優しい性格なので女性にもてる。
しかし、
とうとうこの歳まで独身を貫いてしまった。
(まだまだ、先はあるのだが・・・。)
彼はお酒に弱い。
生まれは筑波山の麓なので
その名前は山の名物に因んでいる。
彼の楽しみは、
ベランダに来るヒヨドリ達で、
直接手渡しで餌を与える事らしい。
彼と私はメル友だ。
・・・・・・・・・・
そして、
4人目の先輩は、
私より5つほど齢上。
彼には、
大学の校外の理事の肩書きもある。
趣味はマラソン
。
米国、アジア、オーストラリア、
そして、
国内のあちこちのマラソン大会に
参加している。
10年ほど前、
私の住む町のエコ・マラソンにも参加した。
また先日、
オーストラリアのマラソンに参加した時の
有森との2ショットの写真を見せられた。
彼の風貌は、
旭化成の宗兄弟に似ている。
私は気づかなかったが、
3人目の先輩の話によると、
私と彼とは性格が似ている様だ。
以上紹介した、
性格の違う4人の諸先輩方と、
私は、
日々つかず離れずの親交を
重ねてもらっている。
また、
彼らの人生経験、処世術、
生き方などをお手本に、
私の人生の生き方の参考に
させてもらっている。
彼らは皆、
以前勤務していた会社の先輩方だ!
1人目に紹介した、
「周りから煙たがられている」先輩に敬意を表して
歌はプラターズの「煙が目にしみる」を。
久しぶりの雨宿り [雑感]
今日は5月1日で連休の谷間。
勤務先の会社では、
この谷間の1日と2日を、
社員を半分に分けて
交互に有給休暇を消化している。
・・・で、私は本日がお休み。
しかし、歯医者はお休みではなく、
1日と2日は歯医者デーだ。
自宅を出かける直前に、天気予報を確認する。
昼間は曇りのマークばかりで、
夜遅くなると雨が少し降る予報。
なので傘は持たず、電車で東京駅へ向かう。
しかし、東京に入った途端に窓には雨粒が
ピタピタと張り付く。
パラパラと降る雨の中、まずは
東京駅前のA銀行に記帳に向かう。
1か月ほど前、記帳をしにA銀行に行き
ATMに差し込んだが、「これは古い通帳です!」
と押し返された経緯がある。
なので、本日は窓口の女性に頼み
新しい通帳に変えて貰った。
銀行を出て振り向くと、
東京駅近辺は様変わりしているのに気づいた。
私の記憶の中の八重洲口側の東京駅は、
7、8階建ての大丸が駅の真ん中にある。
しかし、今は駅の左右に高層ビルが沢山建ち、
大丸は右寄りに移動して、
その上に高層ビルが建っていた。
毎日、
自宅と日本橋を往復しているばかりの私にとっては、
東京駅のこの変化はまるで浦島太郎だ!
そんな感想を漏らすのは私ばかりではなく、
すれ違った中年夫婦も同じ感想を口にしていた。
歯医者の予約時刻にはまだ時間があるので
その後、水天宮を目指して歩き始める。
途中、国道6号線を歩くと、遥か向こうに
スカイツリーが見えた。
そのまま行くと方向が違うので、途中で右折。
その頃からまた雨足が強くなった。
首の後ろに手を回し、上着に付随している
帽子を引っ張り出して被って歩く。
歩いていると更に雨
が強くなったので、
あちこちのビルの入り口で雨宿りをする。
天気予報は大外れだ。
こうして雨宿りをするのは久しぶりだ。
暫くビルの前で雨宿りをしていると、
黒猫ヤマトの若者が荷物を抱えて入ってきた。
彼らは雨が降っても傘を差さない。
彼の登場をきっかけに
小雨の街をまた水天宮に向かって歩き出す。
私はこんな状況が好きなのだ!
五輪真弓の「雨宿り♪」を聴いてみよう。
そんな話もあるのだな! [雑感]
数日前の、
「上の娘の義父が亡くなりました」
と言う彼女からの話を聞いて、
「余計なお世話かも知れないが、
一度西新井か
川崎大師でお払いをしてもらったら?」と
思わず返信メールをしてしまった。
その後、暫くしてから
「そうかも知れませんね!」
という短い返事が彼女からあった。
実は、
彼女は4年前に姉を亡くしている。
その翌年には、
彼女の下の娘の義父が亡くなった。
更に次の年には、
ご主人と実の母親が亡くなっている。
そして、先ほどの
彼女の上の娘の義父の話になったので、
冒頭の「一度お払いを・・・・」
と言う話になったのである。
たった4年の間に、
身内が5人も亡くなってしまったのだ。
世の中には、そんな話もあるのだな。
日野正平の「こころ旅」 [旅行]
日野正平が自転車で日本各地を訪れる番組
「にっぽん縦断こころ旅」です。
http://www.nhk.or.jp/kokorotabi/
毎朝、NHKBSプレミアムで楽しみに見ています。
視聴者からの手紙を元に、
その人の思い出の場所に向かい
自転車部隊が訪れるのです。
彼らが自転車で走る途中で、雷と雨が降ってきました。
あの近辺は私の父親の故郷で、雷が多いんだ!
仕事帰りに、
上野駅で自転車を担いでいる人達を見ると
実に羨ましい。
この番組を見ていて、
私の願望の一つが
「自転車を担いで電車に乗り、目的地まで行き、
駅から自転車で近くを散策する事!」
である事が分った気がする。
武田鉄矢の「週刊鉄学」 [雑感]
本日のCATV (301CH)朝日ニュースキャスターの
武田鉄矢の「週刊鉄学」で、
「シャッター通り」を取り上げていた。
今や全国の駅前の商店街は、郊外の大通りに出来た
大型ストアーに蹂躙されて、閑古鳥が鳴いている。
この状況は、1974年に制定された
この状況を、写真の大阪大学教授の矢作さんが
「ストアー」とは、別の場所で製造した物を
自分のお店で展示して販売するお店。
「ショップ」とは、自分の店の後ろの小さな作業所で
製造・作成してお店で販売するか、
仕入れた物に手を加えて販売するお店を言うと。
今、駅前のシャッター通りで頑張っているのは
商品を自分で作るか、手を加えるなどしてから
販売するお店なのだそうだ。
逆に、「ストアー」と呼ばれる、
商品を仕入れて販売するお店は、
全部大型店にやられてしまった。
細かい商品の販売分野でも、
仕入れが整理されている「コンビニエンス・ストアー」に
やられてしまった。
すべて車社会が産んだ現象で、
自分達が車を手に入れて運転し始めたのが
1970年代であった事を思いだした。
英国では、サッチャー首相が、
「大型店の出店は街中でなければならない」、
もしくは、
「近くの街中でなければならない」と
1980年代に法律したという。
日本の輸送手段が列車・電車から車に変わり、
それに伴い、
繁華街や商店街があちこち移動しているこの現象は、
10年後にはどの様に変化してゆくのであろうか
興味があるところだ。
浅田次郎の小説 [雑感]
10年ほど前に、
浅田次郎の「蒼穹の昴」を読んだ事がある。
小説を読んでいる内に、
次第に中国の清朝末期の模様が
目の前に浮かんできて、
感動に近いものを感じた事がある。

中国には昔から「科挙」と言う制度があり、
その試験に合格すれば、
誰でも中央の役人に登用される。
地方の若者が、
その試験を受けに行くというだけで、
将来を約束された彼を、
途中の宿泊地の名主自らが出迎え
厚遇するという。
昔から、日本や朝鮮やインドには、
確固たる身分制度があり、
その壁は越えられなかったが、
中国にはなかったようだ。
日本人の精神的な中枢は常に天皇であるが、
中国は過去に沢山の王朝が成立したので、
時代により中枢の対象が変化したからだろうか。
以前は、小説の値段が少し位高価でも、
読みたい本は必ず購入した。
しかし、10年ほど前のある時期、
小説の値段がみるみる高騰したため、
それに不可解さを感じ、
その時点で小説の購入は止める事にした。
そして、
今は専ら図書館を利用している。
先日は、
やはり同じ浅田次郎の「中原の虹」を
図書館から借りてきた。

「蒼穹の昴」では、弟の春児(チュンル)が
西太后お気に入りの宦官としてが活躍したが、
「中原の虹」では兄の春雷(チュンレイ)が
張作霖の部下として活躍し、
兄弟が再会を果たすという事だが、
今はそこまで読み進んでいない。
今後の展開が楽しみだ!







