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星がチカチカ見えてきた! [電車]

先週、
友人たち4人で軽く飲んで[ビール]の帰りの事。

夜の電車は混んでいて、
私は扉脇にもたれ掛かっていた。

もう直ぐ私の降りる駅が近づいてきた頃、
どういう訳か冷や汗[がく~(落胆した顔)][ふらふら]が出てきた。

そして、
目の前に星がチカチカ[ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]と見える様にも
なってきた。

これはいかんと思い、駅で下車して
暫く休んでから帰宅した。

これと同じ事を
10年ほど前に経験した事がある。

その時も条件は同じ。

熱燗を飲んで、その後電車[電車]に乗っている。


飲みすぎ?
それとも、急性アルコール中毒?

それほど飲んではいない
つもりなのだが・・・。


改札口のオヤジ達 [電車]


昨年の今頃から、

何となく気になり始めた事があります。

  

それは、私が仕事を終えて帰宅する際に、

改札口を通過する時の光景です。



改札口を出た先で、

4~5人の赤い顔のオヤジ達が、

「じゃ、また!」などと言いながら、

別れの挨拶を交わしている光景を

時々目にする事です。

 



皆さんの年齢は、

大体六十代の半場くらいでしょうか。

服装はラフな格好です。



想像するに、

年金暮らしの連中が、

学校の同級生達と飲み屋に集まり、

その帰りに、

他の町に住んでいる友人を見送りに

来ているのではないか」と思われます。

 
「長生きしろよ~」とか

「昔は良かったな!」とか言いながら、

お互いの健康を気にしながら、

別れを惜しんでいます。
 

昨日も、

改札を出るとやはりいました。


先日の人達よりは、

もう少し年齢が高い集まりです。

 

こうも何回も見かけると、

何となく、

自分の将来を見ているようで・・・・・  (-。-;)。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 (おまけのひと言)

 

例年なら、

暑い思いをしている時期なのだが

まだ体は暑さを感じていない。

 

風邪のせいなのか、

それとも歳なのか?


米国東西間に新幹線を [電車]

先週の土曜日の叔父の葬儀の帰り、
小山で鈍行から新幹線に乗り換え上野まで
帰りました。
 
寒い冬の夜の小山駅で、新幹線を待つ事15分。
暗闇をぬって、やって来ました上りの新幹線。
 
「バオーッ、ゴー・・・、ガッガッガッ・・・・」と
ホームに滑り込む、大型のカエルの列の様です。
2階建ての、先頭がカエルの顔の新幹線。  
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列車は「ゴト、ゴト、ゴト・・・」とは
止まりません。
在来線は線路のつなぎ目があるから
「ゴト、ゴト、ゴト」と聞こえるのですが、
新幹線は、恐らく駅近辺では線路の
つなぎ目がないのでしょう。
ほとんど音がしない、スムーズな入線です。
 
平均250~300㌔くらいのスピードで颯爽と走るのにも拘らず、
停車する駅の、決まったホームの停車位置に、
良くうまく停められるものだと関心します。
 
私など「電車でゴー!」のパソコン・ソフトに何回挑戦しても
定位置には停められません。私、案外不器用なのです。
 
私は
「大きくなったら、タクシーの運転手か都電の運転手になりたい」
と言う夢を持った少年でした。
しかし、成人後、我が家のファミリーカーを運転する際、
自分が不器用な部類に入っている事に気づかされました
 
 
日本列島に新幹線が走り初めて、かれこれ数十年になります。
 
最初に新幹線「こだま」が、東京大阪に走り始めた映像が、
時々テレビで紹介される事があります。
ホーム上で「くす球」が割られる場面が登場する、白黒の映像です。
 
実は私、あのくす玉が割られた日の午後、
東京駅に行き、新幹線に乗りました。
新幹線の先頭の車両の入り口から入り、
誰もいない車両を歩き、出口から降りました。
 
その時、大阪に向う新幹線「こだま」はホームに停車していて、
その列車の中に、私は乗り込んでみたのです。
当時は、今のように、
在来線と新幹線との間に改札などはありません。
 
動かない新幹線でも
「新幹線の開通当日に、それに乗った」事に変わりはありません。
 
 
 
昭和20年8月15日。
 
この日は、日本が戦争に負けた事を認めた日です。
しかし、こんな大変な日にも、
日本の国鉄(今のJR)は、「定時に列車や電車を走らせた」と聞きます。
 
この勤勉性が、今でも、電車を定刻に走らせています。
その当時、国の列車を走らせていたのが
「国鉄」なのか「省線」と言ったかは分かりません。
私の祖母が生前「省線、省線」と良く言っていました。
鉄道省が管理しているから「省線」なのでしょう。
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現在、日本型の新幹線は台湾で走っています。
しかし、機能は欧州型と日本型のミックスの様です。
当初は欧州型を採用する予定が、
急遽、地震が起きた事で
日本型を採用した結果、ミックスになった様です。
 
 
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そこで、米国のオバマ新大統領に提案します。
米国に新幹線を走らせたらどうでしょうか?
 
まず、米国西部の
「ロスアンジェルスとサンフランシスコ」を日本型の新幹線を走らせる。
この間の距離は、東京と大阪ほどあります。
 
次に、東部の「ニューヨークとワシントン」の間を、
欧州型の新幹線を走らせる。
この間の距離は、東京と名古屋ほどの距離です。
 
 
 
そして、並行してアメリカ型の新幹線を開発し、
米国東西間を走らせる。
 
この間の距離は、
東京と大阪間の距離の10倍の5000キロもあります。
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夢のような企画ですが、
現在の「ニューディール政策」です。
 
1933年の状況と現在の経済状態は似ています。
 
「米国に新幹線を走らせる」事による
国家的大型新事業で、
「米国経済の建て直し」、
「ビック3の自動車産業等の余剰人員の吸収」、
「CO2の削減」が考えられます。
  
以上が、
米国本土には一度も足を踏み入れた事のない、
素人の発案です。

通勤人物観察録 ! [電車]

 
サラリーマンは、自宅から会社まで行く際に、
沢山の人々とすれ違いながら、
日々会社の建物を目指して歩いている。
 
何年もの間、「同じ時刻に自宅を出て、
同じ電車に乗る」と言う決まりきったパターンを
繰り返している内に、ある日、ふと気が付く事がある。
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自分は、無意識に歩いているつもりでも、
何回も同じ顔が自分の視界の中に入ってくる場合は、
自然に、その顔や体型が、
自分の意識の内に入って来て、
蓄積されてしまっている。
 
 
 
私が自宅を出るのは、いつも午前7時25分。
自宅から10分ほど歩くと、駅近辺に到着する。
 
その頃になると、市内循環バスが駅前の停車場に着き、
20人程の人々が下車をして駅構内に向う。
しかし、駅とは反対方向の、
私が歩いている方に歩いてくる中年のおばさんがいる。
この人は、いつもエンジ色の服を着ていて、
その雰囲気からは、優しそうな「お袋さん」のイメージを受けている。
その様子からすると、駅近くにある市民会館に勤務しているようだ。
 
 
そして、その次にすれ違うのは、
駅から電車を降りて歩いてくる、2人連れの中年女性だ。
この2人連れの内、
右側を歩く女性が特に私の好奇心を引く。
彼女を見ると、
思わず映画「キング・コング」を思い出してしまうのだ。
何回見てもそう連想してしまうので、
私は彼女のあだなを「コング」と名付けてしまった。
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私がそう連想する位だから、
おそらく彼女の子供の頃のあだ名は「コング」であったに違いない。
駅近くで、この2人連れとすれ違う場合は、
私が定刻通りに歩いているのだが、
彼女達の勤務先のヨーカ堂近くですれ違う場合は、
遅れていると判断出来、その後の私は早足となる。
 
 
 
最寄の駅から、
午前7時42分のJRの電車に乗り、
30分ほどで地下鉄への乗り換えの駅に到着する。
 
 
改札を出て、エスカレーターの方向に歩いて行くと、
いつも私の視界に入るのが、
体の左側に「松葉杖をつく、30代半場の青年」だ。
彼は、生まれつき足が悪い様子で、
私は、彼を追い越して、
混雑の中、先に地下鉄に向ってしまう。
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改札を抜けて真ん中の階段を下りると、
地下鉄の駅のホームの前方面に出る。
 
階段を下りたところが車両の3両目辺り。
 
 
 
JR・地下鉄共、
私はいつも3両目の車両に乗る事にしている。
 
階段を下りた先にブルーのベンチがあるのだが、
そこに、暫くの時間座ってから、
徐(おもむろ)に電車に乗る中年女性がいる。
彼女はオレンジ色が好みの様で、
服装の中にいつもその色が含まれている。
背が高くて、後から見ると10歳は若く見える女性だ。
私の子供の頃、
この様な女性の事を「バック・シャン」と言ったものだ。
「後姿は素敵だが、前には回らない方が良い」
と言う意味も込められている言葉だ。
 
 
そして、地下鉄の車両に乗る。
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暫くして、ふと目を上げると、そこにいつも見かける、
「四角い顔の、頭髪の薄い、メガネの中年男性」がいる。
この人は、駅構内を歩いている際にも見かける。
混雑のため、時々電車へ乗る扉を変えて、
暫くしてふと目を上げると
目の前にいる時がある。
この人と私は、行動パターンが似ているようだ。
 
 
 
数年前には、「四角顔の男性」と同じパターンで、
若い女性の場合があった。
 
電車に乗って、暫くしてふと目を上げると、
その女性を良く見かけたものだ。
しかも、「コング」の時と同様に、
彼女は私の好奇心をくすぐった。
彼女の顔を見ていると、
思わず「にやり」とさせられてしまうのだ。
 
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目の黒目の部分が多く、
しかも麻生さんと同じ様に口が曲がっている。
例えて言うと、「小さな恋の物語」の
チッチと不二家のペコちゃんを足して2で割った雰囲気で、
いわゆる、顔が「漫画顔」なのだ。
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ある日、JRの最寄駅から電車に乗って、
つり革につかまった時があった。
発車のベルが鳴り、
扉が閉まりそうになった時、
誰かが電車に乗り込み
私の横に立ち、同じようにつり革をつかんだ。
暫くして、何気なく横を見ると、
何とその「漫画顔」の女性だった。
朝、彼女の漫画顔を見るのが楽しみだったのだが、
翌年の春の時刻改正で会わなくなってしまった。
 
しかし、それから半年後、私が休日散歩をしていた時、
小学生くらいの男の子を連れた彼女を見かけた。
やはり同じ町に住んでいたのだ。
 
 
その他、白髪の中年男性を良く見かけたのだが、
春を境に見かけなくなった。
 
恐らく定年で会社を辞めたのだろう。
 
また、地下鉄を降りて、歩いている時、
会社の近くのマンションから出てきた
若い女性もいつの間に会わなくなってしまった。
 
この女性も、恐らく結婚でもして、
引越しをしたのかも知れない。
 
 
 
私の「通勤人物観察録」は、
新しいターゲットを捜して、
今年も更に続ける予定です。
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 
 
 (おまけ)
 
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北風の吹く寒い季節でも
いつの間にか庭に咲いていた
水仙の花。春まではもう少しです。

岩手路ー「海と車窓」の巻 [電車]

本日は午後から帰宅する日です。

帰り支度を済ませた後、ここに行ってきました。

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ここは本仮宿と言う場所で、海が一望に見渡せます。

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ログハウスから小さく見えた三貫島は、目の前に見えます。


今日は波が荒れています。

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足元を見ると、浜辺一帯に網が干してあります。

そして、まわりを見渡すと、
番屋らしき建物があるだけで、人は住んでいません。


後ろを振り向いても、ずっと奥まで何もありません。
ここに住んでいるのは、へびと熊だけだそうです。

しかし、100年前までは、ここに沢山の住居があり、
人も沢山住んでいて、漁業が盛んな地区だった様です。

ところが、ある日、地震が起きました。

地震自体はさほど大きくなかったのですが、
その後大きな津波がここ本仮宿を襲い、
波が引いた後、ここには何もなくなりました。

この近辺の海辺はリアス式と言い、
入り江が急に狭くなっているので
波も急に大きくなるのです。


足元には沢山の石がありましたので、
私は白い石を3つ拾い、自宅に持帰りました。


 

そして、その後、義理姉宅に寄り、
仏壇にお線香をたむけた後、駅に向かいました。

 

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これから、この3両編成の電車で、

2時間ほど本当の「ローカル線の旅」をします。

 

運転手の他に車掌さんが2人います。

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本当の「ローカル線の旅」ですが、電車は近代的で
ソファーも綺麗です。

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電車は山の中をひたすら走ります。



 

 

 

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  「民話のふるさと」まで来ると

乗車距離の「半分まで来た」と言う感じがします。

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鈍行の新幹線に乗り換えましたが、

駅弁をタイミングよく売っていないため、

お昼を食べたのは午後3時を過ぎていました。



途中、

仙台の町でもっと早い新幹線「はやて」に

乗り換えました。

仙台は東北随一大きな町です。

町並みがなかなか途切れません。

 

この3日間、テレビ、ラジオ、新聞とは離れていました。

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 列車の中で買い込んだのは、河北新報です。

仙台が発行元の、この地方新聞の存在を知ったのは

学生時代です。

 


そして、数時間後、列車は大都会東京に入りました。

以前、新幹線に乗り、

大阪から東京の町に入った時も感じましたが、

本日、東北から東京の町に入っても同じ様に感じました。



「東京は大きい、

何でも飲み込んでしまいそうな町だ」と言う事を。



普段この街の中で生活していると、

少しもそんな事は

感じないのですが、

たまには外に出て見るのも良いものです。



実は、新幹線がまだ出来ていない頃は、

我が家から岩手の女房の実家まで行くより、

ハワイに行く方が近かったのです。


「新幹線さまさま」です。

 

たったの3日間の岩手路でしたが

その慌しさから

3日が1週間程に感じました。


上総の旅-NO3(小湊鉄道)-悪い車 [電車]

小湊鉄道に乗っていて、
一つのエピソードを書くのを忘れていました。

それは、電車が、乗車した養老渓谷駅と
終点の五井駅の距離の半分くらいに
差し掛かった頃です。

それまでスムーズにゴトゴトと走っていた電車が
急に減速し始めたのです。
 
と同時に、
運転席から「ブアー、ブアー、ブアー」と
何回か警笛が発せられました。
  
電車はそのままゆっくり走り続けましたが、
ふと右側の窓ガラスを見ると、
そこに乗用車と思われるグレーの
屋根の部分が見えました。


さらに電車が進んだ時、
後ろを振り向くと、
電車の車掌席の窓ガラスから、
黄色と黒色の「踏切り」が見え、
そこを先ほどのやや大き目のグレーの車が
横断する光景が見えました。
 
 

ふと、若い女性の車掌さんを見ると、
彼女は、さも、悪い事をした人を見つめる様に、
その走り去る乗用車をにらみ付けていました。
 


それを見た、我々乗客も、
車掌さんに習う様に、
一斉にその「悪い車」をにらみ付けました。
 
 
SKETCH1-20.JPG

多分、その車は、踏切りをむりやり
横断しようとしたのでしょう。
 
 (星正晴さんの絵)
 
・・・・やがて、何事もなかった様に、
電車は今までのゆっくりしたペースで、
「ゴトゴトゴト」と、再び走り始めました。



                                (終わり)

・・・・・・


ブログを書くとき、沢山の出来事を盛り込もうとすると
その内の一つくらいは書き込むのを忘れる事があります。

私も歳かな~?

「非常停止ボタン」 [電車]

先日、東武東上線の常盤台の駅で、女性を助けようとして、警官が電車に撥ねられた事件があった。
昼間の出来事だったが、当時、そのホームには駅員がいない状態だった。
 
そこで、上の写真の「非常停止ボタン」が注目された。
 
夜のニュースでこの事件が報道された時、「駅員がいないのなら、ホームにいた乗客の誰かが、この「非常停止ボタン」を押して知らせれば、あるいは警官は助かったかも知れない」とキャスターは言った。
その時、側にいた女性キャスターは、「この装置の存在自体を私は知りませんでした」と言っていた。
 
私は、その「非常停止ボタン」の存在を薄々とは知っていたが、駅員が押して非常事態を知らせる物で、乗客がかってに手を出してはいけない物だと漠然と思っていた。
大半の乗客はそう考えているのではないかと思うが・・・。
 
JRや私鉄は、「非常停止ボタン」の存在と使用方法をポスターで知らせるわけではなし、ましてや、定期券や切符の後ろにも書いていない。
 
駅の構内で、「非常停止ボタン」を捜してみると、1つのホームで、左右に10~20個確認する事が出来た。
地下鉄はその半分以下だった。
 
こんなに沢山の「非常停止ボタン」があっても、その使用方法を知らせないのでは、宝の持ち腐れだ。
ましてや、年間3万人も自殺する最近の世の中だ。
駅員だけでは到底それに対処出来ないだろうに
 
人身事故で電車が遅れた時、私はいつもこう思う。
 
 「どうせ飛び込むなら、人様に迷惑を掛けないようしてくれ!」
 
「どうせ飛び込むなら、電車でなく、温泉プールにでも飛び込んだ
 
方が、ずーっと気持ちが良いだろうに!」・・・と。
 
 

 


「終着駅」 [電車]

 

北国からの終着駅。その改札口の上に掲げてある、
この非常に大きな壁画は「自由」と言う名の
昭和26年の作品だそうだ。
 
数えてみると、私はこの壁画の下を
何万回と通過しているようだ。
 
小学生の頃、父親の実家の栃木に行くために通過した。
 
高校の時、初めてのスキーで、長野に行くために通過した。
 
大学の合宿で、やはり長野に行くために通過した。
 
就職して、会社に行くために通過した。
 
結ばれると思っていた女性と別れた後に、通過した。
 
友人の、北海道への転勤の見送りに通過した。
 
私は、今でも、この大壁画の下を、毎日通過している。


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